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 赤い花


   油断、した。

   暗い森の中、仕掛けられた罠に、身動きが取れない。
   ゆっくりと脚を動かそうとしても、締め付けられた縄はよりいっそう
   硬い結び目になるばかり。
   どうして・・・こんなことに。
   痛む脚を見つめながら、上を見上げる。
   森の中、差し込む光はわずかで、空さえも見えない。

   このモンスターの森では同じ種族同士が集まって生きている。
   バラバラになると、簡単にハンターに見つかるからだ。
   ハンターは恐ろしい生き物。
   捕まると、死ぬまで隷属させられる。
   そう、自分が死んでしまうまで、誰かの下僕になるのだ。
   自由に生きるモンスター達にとって、それは堪えがたい苦痛。
   強いモンスターは、危険な旅のお供として、また、弱いモンスターは
   金持ちのペットとして。
   所詮は、人間ではない生き物。どちらも、使い捨てられるのだ。
   捕まったモンスターは逃げられないように、躾られる。
   そう、一度捕まったら、もう二度と、この森には戻れないのだ。
   自由には戻れないのだ。

   それを知っているからこそ、群れから離れることはなかった。
   群れから離れ、森を出る。それは、自分の死を意味する。
   それが本来の死とは違っていても。
   自由がなくなるのだ。
   だのに。

   赤い花が、咲いていたのだ。
   咲いていたと思ったのだ。

   この暗い森には見られない、目にも鮮やかな、赤。
   モンスター達は花が好きだ。
   綺麗で、自由に、咲いている、花。
   あんなにも、儚く、あんなにも、強い。
   森の中で、華やかな、赤い色を見つけた時、
   思わずそれを追って群れから離れてしまった。
   そして。

   自分は、今、ここにいる。
   罠に嵌って、身動きが取れずにいる。
   そして、黙って、ハンターが来るのを待つしかないのだ。
   どうせ捕まってしまうのだ。
   自分は、すぐにハンターが来るのを祈った。
   仲間の中には、ハンターが罠を仕掛けた事を忘れ、
   そのまま打ち捨てられるように死んでしまったものもいる。
   ああ、それとも、その方が幸せなのだろうか。
   心まで支配されてしまうよりも。
   モンスターとしての誇りを持ったまま、死んでしまった方が。

   がさり。

   と、森の奥の方から、音が聞こえてきた。
   ハンター。自分は、きっと、そちらの方を睨みつける。
   まだ、自分の中で、モンスターの誇りのあるうちに。
   ところが、目に入ったのは、赤い花。
   目にも鮮やかな、赤い、花。

   「おやおや、の子供か・・・。こんなところで、どうしたんだい?」
   あまりにも、明るい色合いに目が釘付けになる。
   そんな赤い色は、森の中では見られないから。
   目の前に立っているのは、赤い「人」だった。
   肩で切りそろえられた真っ白な髪がさらさらと、揺れて。
   優しい顔でこちらを覗きこんでいる。
   「君?」
   名前を呼ばれてはっとする。
   この人が呼ぶと、個体名ですら、特別な響きを持って感じられる。

   「ああ、捕まってしまったんだね。可愛そうに。今、逃がしてあげる。」
   言いながら、その人は、ほっそりした白い指先を罠にかける。
   逃がして、くれる、って?
   いけない。無理に外そうとしたら、その指まで傷つけてしまう。
   ふるふると首を振ると、その人はにっこりと微笑んだ。
   「大丈夫。慣れているから。」
   ふと見ると、その人の腰には、不似合いな武器が吊るされている。
   ハンター・・・。
   この人、ハンターなんだ・・・。
   でも、どうして?ハンターなら「逃がす」なんてしないはず。
   その行動がわからない。
   もしかして、油断させて、捕まえる気かもしれない。

   「ほら、外れたよ。君。」
   あ、また笑った。
   この人が笑うとどきんとする。
   胸一杯に、この人の笑顔が広がって。
   そういえば、さっきも、そうだった。
   捕まっている自分よりも、他人のことを気にしてしまった。
   こんなこと、群れの中では、考えられないことなのに。
   これが、隷属させられるということ?

   「じゃあね。今度は捕まるんじゃないよ。」
   行ってしまう。どうして?
   目の前で、ひらりと翻される赤い衣を、思わずはしっと掴む。
   「君?」
   赤い人はびっくりした目でこちらを見ている。
   「どうして、捕まえないんですか?」
   自分でも、どうしてそんなことを聞いたのかわからない。
   でも、この人になら捕まってしまってもかまわない、と思ったのかもしれない。
   その人は、少し考えた後、悪戯っぽく笑った。
   あ、この笑い方はちょっと子供っぽく見える。
   「捕まえてほしい?」
   返答に詰まる。
   どう言ったらいいんだろう。捕まえてほしい?って言われて、捕まえてほしいって
   言うのもおかしい。

   「他のハンターが仕掛けた罠に捕まった子でも、いいのかな・・・。」
   赤い人が呟く。
   何か、理由でもあるんだろうか。
   罠に掛かった自分をそのまま連れて行かなかった理由も。
   他のハンターが仕掛けた罠から横取りしたら、ハンター仲間で罪になったり
   するのだろうか。
   「『他のハンターが仕掛けた罠』に捕まったんじゃありません。
    『あなた』に、捕まったんです。」
   それだけ言うのが精一杯だった。
   でも、それは、本当。
   他のハンターが来たなら、もしかしたら自分はその場で舌を噛み切って
   死んでしまったかもしれない。
   ハンターには隷属させられなかったという、モンスターの誇りを守るために。
   この人だから、大人しく捕まるのだ。

   それを聞いて、その人はくすくす笑い出した。
   何か、おかしなことを言ってしまったんだろうか。
   「可愛い事を。」
   言いながら、頭を撫でられる。
   「私に捕まると、もう、逃げられないよ?」
   それでも、いい。もう、決めたこと。
   多分、森の中であの赤い花を見つけたと思った時に。
   もう、その時に、隷属させられていた。

   「おいで、一緒に行こう。」
   ひらひらと目の前で揺れる、赤い衣を追いかける。
   そして、暗い森を後にするのだ。
   見つけた赤い花を手に入れるために。




  ドリーム白鳳編。まともそうです。いいひとそうです。意外です(え)
  基本的にいい人だと思うんですが・・・。


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