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 雲の上の散歩


   「ああ、こんなところにいらしたのですか!」
   廊下を歩いていると、ふいに誰かに呼び止められる。
   誰か、なんて声の調子でわかっていたが、知らないふりをして振り返る。
   この声がわからない人なんているのだろうか。
   甘く透き通った声。名前を呼ばれるたびに、心臓が止まりそうになる。
   振り返ると、またそれだけで心臓が止まりそうになるような、微笑を浮かべて
   楊ゼンが立っていた。

   「探したんですよ。どこにもいらっしゃらないから。」
   責めるような口調だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
   もっと話をして欲しい。この心地よい声をもう少し聞いていたい。
   そんなことをうっとりと考えていると、楊ゼンが口を開く。
   「聞いてらっしゃるのですか?
   目の前でひらひらと手を振られ、さすがに傷つく。
   忙しさのあまり、ぼうっとしてしまった、などと言い訳をしてみたり。
   「それはいけませんね。お疲れとは気づかず引き止めてしまって申し訳ありません。」
   あまりに真剣に謝られるので、いささか心地が悪くなる。
   「そんなお疲れのところ申し訳ありませんが、今日は付き合っていただけませんか?」
   片目を瞑り悪戯気味に笑いかける。どうやらさっきのはポーズだったようだ。
   騙された。

   付き合うってどこに?という言葉には答えを貰えず、
   促されるまま哮天犬に乗せられる。
   楊ゼンはどうするのかと見ていたら、ひらり、と後ろに飛び乗った。
   「さ、行きますよ、
   いきなり背中をつかまれて、慌てる。
   ただでさえ、人が背後にいると緊張するというのに、それがまして好きな人であったなら
   緊張どころの騒ぎではない。
   飛び出しそうな心臓を抑えつつ、この心音が楊ゼンにまで聞こえたりはしないかと、
   平静を装うのに必死だ。
   「高いところは大丈夫でしょうか?」
   大丈夫、と答えるのが精一杯だった。
   「そうですか、なんだか硬くなっているようでしたので。」
   それは高いところにいるだけではないのに。もしかしてわかっていて言っている?

   楊ゼンは特に目的地を決めているわけではないように、辺りを旋回した。
   目的地はないのか?と聞くと、
   「たまには目的の無い、空の散歩もいいのではないですか?」
   と切り替えされた。
   「最近お疲れのようだったので、たまにはこんなデートはいかがかと思いまして。」
   しゃあしゃあと言う。デートだなんて、本気で言っているのだろうか?
   「空の上だと何もかも忘れられるでしょう?喧騒を離れてみるのもいいものですよ。」
   少し振り返って顔を見ると、風に舞う髪を抑えながら、楊ゼンは遠くを見ていた。
   「城に篭っていると、ときどき空が恋しくなります。」
   どこかへ行ってしまいそうな瞳が悲しくて、腰を掴んでいる楊ゼンの手を握り締める。
   行かないで欲しい、何処へも。このままここに、傍にいて。

   不安が伝わったのか、楊ゼンはようやくこちらを見ると、
   「。」
   なんて、耳元に囁きかける。
   この楊ゼンも、あの遠い瞳をする楊ゼンも同じ人なんだな、なんて思いながら、
   その声にまた酔わされる。
   背中に愛しい人の体温を感じながら。




  ドリーム楊ゼン編。アンケートにあった「空の散歩」編を書いてみました。
  やってみたい、哮天犬二人乗り・・・。


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