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 秘めやかな実験


    扉を開けると、いつものように雲中子は研究に没頭していた。
   いつだってそうだ、他人がいようがいまいが、常にわが道を行っている。
   主の許可を得ずに、黙ったまま椅子に腰掛けて、雲中子の様子を見てしまう。
   真っ白な、道服がよく似合っている。
   繊細そうな指先が、フラスコを振っている。
   真剣に見つめる眼差し。
   その姿に思わず見惚れてしまう。
   なんだかんだ言っても、雲中子が研究している姿が一番好きなのかもしれない。
   そのまま黙って見つめていると、雲中子はこちらを向いた。
   ようやく自分以外のものが部屋の中に存在していることに気が付いたらしい。

   「やあ、来てたのかい?」
   ずいぶんとそっけない言葉に、自分は何でこんな男が好きなんだろう、と
   改めて考えさせられる。
    自分のことを好きかどうかもわからない、いや自分の存在を覚えているのかすら
   怪しい。
   2、3日会わないでいるだけで、あっさりと忘れられてしまいそうな。
   そんな男が1ヶ月も前のことなど覚えているわけがない。

    そう、1ヶ月前、それはバレンタインだった。
   何も言わずに渡したチョコレートは、実験材料として使われたろうか?
   照れくさくて何も言えなかったけど、あれはそういう意味だったのに。
    もしかしたら、気づいているかもしれない。
    もしかしたら、色よい返事が聞けるかもしれない。
    100万分の1の奇跡にかけて、思い切ってこんなところまで来たのに。
   この様子だと何も気づいていないようだ。
   がっかりと肩を落とす。

   「 。」
    いきなり名前を呼ばれて、驚く
   目の前に雲中子の顔があった。
   「何を呆けてるんだい?」
    ニヤニヤ笑いながら、何かを差し出す。
   先ほど作っていたもののようだ。
    見ると、それはパールホワイトのキャンディ。
   雲中子の服の色と同じ。真っ白な。

   「君が先月くれた、不思議な食べ物。あれはどんな成分で作ってあったんだい?
    ・・・あれを口にして以来、君のことが頭から離れないんだ。
    君に作れて私に作れないわけがないと思ってね。作ってみたんだけど。
    どうだい、ひとつ。」
   目の前に差し出されて、思わず口にする。
   「これで君が私のこと頭から離れなくなれば、実験は成功。
    ・・・言っておくけど、君が自分で口にしたんだからね。」
    それならとっくに成功している。
   あまりのことに何も言えずに黙っていると、雲中子が顔を覗き込む。
   「君、鈍そうだからちゃんと言わないとわからないかな?
    
    そういうこと。聞こえた?

   それは100万分の1の奇跡が起きた日。