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 AはアップルパイのA。


   ある晴れた土曜日。
   自分は、彼――不二周助の家にいた。
   本当は、こんなに晴れた日ならば、何処かへ出かけてもよさそうなものだけれど。
   なんといっても、つきあって間もないとはいえ、二人は公認の中なのであるから。
   土曜日で、部活動も休みで、天気が良いとくれば。
   普通だったら、家の中にいるわけはないのだけれど。
   部活動が休みなのには理由がある。
   試験なのだ。もうすぐテストがあるのだ。遊んでいるわけにはいかない。
   せめてもと、二人で彼の家で試験勉強をすることになったわけだが。
   これは、失敗。
   好きな人と、二人でいて、勉強なんて手につくわけが無い。
   だけども、『試験期間』なんてものは学生につきもので。
   どんな理由をつけても会いたくなるのは、しかたないことだと、思う。
   たとえ、それが『試験勉強』という名目であっても。

   「 This is an apple. これの訳は?はい、君。」
   煮詰まってきたのか、彼がおかしなことを言い出した。
   ・・・いくらなんでも、そんな問題は試験には出ない。
   中学一年生の教科書の一番最初に書いてあるような、文章。
   煮詰まった彼が、どういう行動に出るか、予測がつかないので、とりあえず、
   素直に答えてみる。
   「これは、林檎です。」
   「よくできました。」
   何故か頭を撫でられる。
   やはり、予測のつかない行動。
   スキンシップは嫌いではないけれど。
   触れるのに、まだ理由が必要な、そんな時期だから、ちょっとだけ照れる。

   そんなことを考えているのに全然気がつかないように、彼がいきなり、ぱん、と
   手を合わせた。
   「林檎で思い出した。ねえ、、ちょっと一休みしようよ。」
   片頬に手を当てて、少し首を傾げながら、こちらを見てにっこり笑う。
   そんな顔をされて、『ダメ』なんて言える人間がいたらお目にかかりたい。
   黙って見つめ返したら、了承ととったらしい。
   「OK!由美子姉さんが焼いてくれたアップルパイがあるんだ。
    ちょっとまっててね。」
   言うなり、机に手をついて立ち上がる。
   主の消えた部屋に、自分は一人残された。

   彼が消えて、ほっ、と息を吐く。
   二人きりというのはちょっとだけ緊張する。
   きちんと整頓された部屋。
   壁に貼られた、風景写真。
   彼が撮ったらしい沢山の写真の中に、自分の写真が写真立てに入れられて
   飾られているのをみると、本当に照れくさい。
   もちろん、他にも沢山写真はあるのだけれど。
   ただ、それだけのことが、妙に嬉しい。

   『♪A was an apple-pie;
     B bit it,
     C cut it,
     D dealt it,
     E eat it,
     F fought for it,
     G got it, 〜』

   楽しげな声が、階段の下から聞こえてくる。
   きちんと、正座して、彼が階段を上って来るのを待つ。
   「お待たせ、。」
   真っ白な皿の上に、綺麗に切り分けられた、アップルパイ。
   たっぷりの生クリームを沿えて。
   辛党の割に、甘いものも好きな彼らしい。
   こぽこぽと、暖かな紅茶が、カップに注がれる。
   慣れた手つきが、彼の日常を垣間見せる。
   学校では見られない姿が見られるのは、ちょっとだけ得した気分。

   「はい。」
   目の前に差し出されたソーサーを受け取る。
   「あ、ありがとう・・・。」
   「どういたしまして。」
   勧められるままに、一口。
   ほんのりと、甘味のある紅茶に、体が温まる。
   美味しい。
   普段飲んでいるような紅茶とは違うよう。
   アップルパイも、一口。
   甘味が抑えてあって、美味しい。
   シナモンの香りと、クリームが相まって、絶妙な味わいがある。

   「ふふっ、そんなに嬉しそうな顔してるの見たら、姉さんも喜ぶよ。」
   そんな顔していたろうか。
   それは、多分、アップルパイのせいだけではないと思うけれど。
   まさか、二人でいられるから、なんて恥ずかしい事は言えない。
   話を逸らそう。
   「そういえば、さっきの歌・・・。」
   「ああ、アップルパイの歌?」
   そうだったのか。
   彼は、紅茶のカップを置いて、また歌いだす。

   「♪A was an apple-pie;
     B bit it,
     C cut it,
     D dealt it,
     E eat it,」

   ぴたりと歌を止めて、悪戯っぽく笑う、彼。
   「では、これの訳は?はい、君。」
   いきなり、振られるとは思わなかった。ええと。

   「Aはアップルパイだった。
    Bがかじって、
    Cが切り、
    Dが分けて、
    Eが食べ・・・。」

   変な、歌。
   「これはね、マザーグース。ABCの数え歌だね。」
   妙な事に、詳しい。
   「でも。」
   神妙な顔つきで、彼が切り出す。
   「でも?」
   「間違ってるよね、この歌。」
   間違っている?元がわからないので、どこが間違っているのか、見当もつかない。
   不思議に思って黙っていると、彼が、そっと近づいてきた。

   にこにこと、いつもの微笑を浮かべながら、耳元でささやく。
   「AはKISSのA、でしょ?」
   耳元から、唇へ。彼の唇がそっと重ねられる。

   甘い、甘い、アップルパイの味。
   それよりも甘い、彼の口付け。
   きっと、自分は、林檎よりも赤いに違いない。
   そう思いながら、もう一度。
   甘い吐息に酔いそうになりながら。





  ドリーム小説不二周助編。ちなみに不二が歌っている歌は、「25人の紳士によって切り刻まれ、
  食べられたA・アップルパイ氏の悲劇的な最期。」という素敵なタイトルがついております。


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