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 こいのたまご。


   がっかりした。
   最初に思ったのは、それ。
   失敗した。
   二番目に思ったのは、その言葉。
   恋なんて、いつだって、上手くいかないもの。
   わかってるけど、わかってるのに。



   昼休みなんて、違うクラスの人間とはほとんど会う事はない。
   よほどの用事がなければ、偶然を装う事も、不自然。
   「、よかったら、明日、一緒に弁当食べないか?」
   なんて、に誘われたのは昨日。
   数少ない接点を逃してなるものかと、大きく頷いたのは、昨日。
   朝の5時に起きだして、弁当箱に詰め込んだのは、今日。
   たっぷりの想いも詰め込んだのは、今朝。
   そして、現在。

   「の弁当スゲーーーーーー!!!!」
   たしかに、は、言わなかった。
   二人きりで、なんて。
   たしかに言わなかったけれど、このギャラリーの数は、何、と言いたくなるほどの人数。
   今日は、たしかに、天気がいい。
   天気がよければ、屋上で昼食を取りたくなる気持ちもわかる。
   でも、自分の気持ちは、天気とはウラハラ。
   曇天模様以外のなにものでもない。
   自分と、の周りを取り囲んで、昼食を取る団体。
   クラスの友人達や、部活のメンバーまでいる。
   人がたくさんいるのは、まだいいけれど。
   が、一人一人に声をかけたんだとしたら、嫌だ。
   自分だけだと思っていたのに。
   しかも、それだけでは、すまなかった。
   先ほどの、奇声があがったように、の取り出した弁当箱は、凄かった。
   黒塗り三段重ね。お正月でしか、そんなの見たことないのだけれど。
   思えば、の家は、寿司屋。食べ物を取り扱っているのだから、
   豪勢でないわけがない。
   とたんに、自分の作ってきた弁当箱が、取り出せなくなる。
   二人分は入れてある、弁当箱を。

   「?お腹でも痛いの?」
   が心配そうに覗き込んでくる。
   「大丈夫。」
   まるで、昼食に誘ったのを後悔してしまうような、心配そうな顔を見たら、
   それだけしか、言えなくなった。
   「の弁当、凄い。」
   心配かけないよう、一生懸命に、笑顔を作る。
   でも、は、その言葉に、意外そうな顔をした。
   「え・・・そ、そう見える・・・?」
   なんだか、困惑しているようだ。
   黒塗り三段重ね弁当箱に「凄い」以外の形容詞はつけられないと思うのだけれど。
   「早く、中見せてーーーー!!!」
   周りから声が上がる。さすがに、気になっているのは、自分だけではないようだ。
   「う・・・うん。」
   ぱかり、と、弁当箱の一段目を開ける。
   と、そこには。

   「卵焼き・・・?」
   そう、重箱の一段をびっしりと、卵焼きが埋めていた。
   「って、そんなに卵焼き好きなんだ・・・。」
   って、言っても、量が尋常ではないのだけれど。
   「い、いや、そんなことはないんだけどね。」
   照れくさそうに、重箱の二段目を、外す。
   と、そこには。
   「卵焼き・・・。」
   いくらなんでも、それは、身体に悪い。
   「って、家庭内いぢめにでも会ってるんスか?」
   部活の後輩が、弁当箱を覗き込みながら口にする。
   「あはは、違うよ、違う。」
   は、重箱をみんなの前に置いた。

   「昨日からさ、寿司屋の修行、始めたんだ。」
   周りから、「へー」とか「凄い」とか、歓声が上がる。
   皆、が、寿司屋を目指しているのを応援している。人徳があるのだ。
   でも、それと、卵焼きが何の関係があるのだろう。
   「寿司屋の修行は、卵から、ってのが、基本なんだよ。
    最初から、寿司を握らせてくれるわけじゃなくって、まずは、卵焼きなんかの焼き物、
    かんぴょうを煮たりする煮物、そんなことから始めるんだ。
    だから、これ、俺が作った卵焼き。皆に食べてもらいたくてさ。」
   らしい、本当に、らしい理由だった。
   「でさ、昨日一晩、卵焼いてたら、自分の弁当が疎かになっちまってさ。」
   料理修行の一環で、自分の昼食も自分で作る、というのが、河村家の方針らしい。
   は、そんなこと気にしないかのように、笑った。

   皆、嬉しそうに、卵焼きに箸を伸ばしながら、昼食を取り始めた。
   自分も、後ろに置いていた、自分の弁当箱を取り出す。
   「。」
   「ん?」
   「よかったら、これ。」
   弁当箱の蓋を開けて、に勧める。
   「うわ!凄いな!!!の弁当!!」
   まさか、のために、朝5時から作ってました、なんて、言えないけれど。
   「卵焼きだけだったら、もの足りないと思う、よかったら。」
   「ありがとーーー!!!!!恩に着る!!!」
   ああ、この、笑顔が見たかったんだ。
   が自分の作ったお弁当を食べて、幸せそうに、笑って。
   それだけで、なんだか、最初の曇天気分がどこかに吹き飛んでいってしまったよう。

   それだけで、幸せだったのに。
   「が作ったのか?これ、唐揚げなんて、サイコーだよ!!!」
   え。
   どうして、自分が作ったって。
   不思議そうな顔をしていたら、が笑っている。
   「弁当に、こんなに沢山詰めるのって、だけだよ。
   好きだもんな、。」
   ぱくぱくと、本当に美味しそうに食べてくれる。
   自分も、彼の作った卵焼きに手を伸ばす。
   ほんのりと、甘い味は、自分も好きな味だった。
   「美味しいかい?。」
   卵焼きを頬張ったまま、大きく頷く。
   「よかった。修行の成果、特にに見てもらいたかったんだよね。」
   照れくさそうに、頭を掻く彼。
   それって、そう言う意味に取っていいのかな。

   まだまだ、恋の修行も始まったばかり。
   この卵焼きくらいの、ほんのりとした甘い時間がいつか二人に訪れるように。
   そんなことを考えながら、卵焼きをまた口にした。
   幸せな時間を噛み締めながら。





  ドリーム小説河村隆編。寿司屋は、卵焼きで全てが決まるといっても過言ではないそうです。
  つまり、卵焼きのマズイ店は、不味いんだそうです。ミニ知識。


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