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 音なき世界


   今、自分は、全然知らない人物に対して、恨みを抱いている。
   恨み、というのもおかしいけれど。
   それは、目の前で、呑気に、MDウォークマンなんかを聞きながら
   リズムを刻んでいる人物などではない、はず。
   むしろ、恨むべきは「ウォークマン」なぞ開発した人物だと思う。
   「イヤホン」とか「ヘッドフォン」だのを開発した人物も
   是非、リストに入れておきたい。
   もちろん、「恨まれてしかるべきリスト」だけれども。

   自分がそんなことを考えているとは露知らず、は、楽しげに
   鼻唄まじりでリズムを刻む。
   いきなり公園になんか呼び出して、どういうつもりかと聞こうと思っていたのに。
   ベンチに座って待ち構えていた彼は、自分が来た事にも気がつかずに、
   世界に浸っている。
   瞳を閉じて、足は、音にあわせてリズムを刻んでいる。
   ただし、その音は、自分には聞こえてこない。
   小さな機械一つで、二人の間は隔絶されている。
   まるで、それが、二人の間にある高い壁のようで。

   思い切り良く、の隣に腰掛ける。
   ベンチが少し軋んで、彼がようやくこちらを振り向いた。
   「や、」と、口だけ動かして。
   よほど、その音以外は耳にしたくないかのようで。
   また、正面を向いて、リズムを刻む。
   イヤホンから洩れるかすかな音が、周りの音を隔絶している
   ことを証明している。

   そもそも、「イヤホン」なんて、開発した人が悪い。
   よほど、人間が嫌いだったに違いない。
   また、自分は、この場にいない人物に対する憤りを覚えた。
   誰かに怒りを向けないと、自分の気持ちがおさまらない。
   そもそも、外でまで、音楽を聴こうと思うほうも悪い。
   外の世界は溢れるばかりに音の波。
   耳をすまさなければ、聞こえない音もある。
   たとえば、心臓の音。
   先ほどから高鳴る、心臓の、音。

   のいるのは、たった一つの音しか聞こえない、
   他の音なき世界。
   自分のいるのは、音の波に埋もれる、たった一つの音すら
   聞こえない、音なき世界。
   違う、世界。

   たとえ、ここで、「好き」と叫んでも。
   誰にも聞こえない。
   音の波に流されて。
   隣にいる人物にさえ伝わらない。
   音の壁に遮られて。

   「ごめん、ちょっと、いい?。」
   声が、聞こえた。
   の声が。
   見ると、彼は、片側だけイヤホンを外していた。
   そして、それを、自分の耳に押し当てた。

   音が。
   音が広がる。世界が広がる。
   これが、の、世界。彼のいた、世界。
   音が聞こえる。彼の、好きな、音が。
   自分もいつの間にか、リズムを刻む。
   それは、先ほどから高鳴る心臓の音と同じリズムで。

   心地よい音に酔いしれていると、ふ、と音が止んだ。
   そして、ウォークマンから、声が、聞こえた。
   「好きだよ、。」
   驚いて、隣にいる彼を見ると、耳まで赤くしながら、俯いた。
   自分で恥ずかしいことを、するんじゃないと、言いたいけれど。
   不思議と、言葉がでなかった。
   まるで、言葉を忘れたように。
   音が聞こえない世界で、話せなくなってしまったかのように。

   自分が黙っていたからだろうか。
   は、自分の耳からイヤホンを奪うと、また、音のない世界に
   戻ってしまった。
   音が伝わらない世界へと。
   ならば。
   答えの代わりに、彼の手を握る。
   鼓動が伝わる。体温が伝わる。
   想いが、伝わる。
   音の聞こえない世界で、声を伝える。
   心の、声を。
   ただ、それだけで。

   繋がる、世界。




  ドリーム小説神尾アキラ編。「COOL」へのオマージュっぽいですね。


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