〓BACK〓


 かわいいひと。


   その日、自分は人が固まる瞬間を見た。
   めったに見られるものではない。
   しかもそれが、かの有名な「氷帝の跡部景吾」とくれば、なおさらだ。
   そういう姿を見るのはひどく楽しい。
   いつも見られない一面が見られるようで。
   彼を固まらせたのは、たわいのない言葉。
   喫茶店でひらひらした服装の店員が、注文した品物を置きながら発した言葉。

   「おまたせいたしました!こちら、『ストロベリーシャンテリー』お二つになります。」

   であった。
   目の前に置かれた、豪奢なそれを見ながら、
   「。」
   と呟くと、一瞬、恨みがましい目付きをして、こちらを見る。

   思うに。

   1 跡部景吾は勉強家である。

   実にたわいもないことだけれど。
   先日、彼と話していて、今までに食べてみたいとは思っても、実際食べた事のないものの
   話題が出た。
   「銀座にある『小路角』って喫茶店の、『ストロベリーシャンテリー』が食べてみたい。」
   そう言った所、彼は非常に興味を持ったようだ。
   どうやら、彼はその食べ物を知らなさそうであった。
   表面上はそんなことは全く出してはいなかったが。
   彼の性格上、「自分の知らないものはあってはならないもの。」だと認識しているらしい。
   そして、「他人が知っているものを自分が知らないと言うのは許せない。」ことだと。

   さらに。

   2 跡部景吾は親切である。

   「お前が食べた事ないなら、奢ってやるよ。」と、実に気前よく申し出てくれた。
   もちろん、それがどういうものか確かめたいという、自分の知識欲を満たすためで
   あろうことはおくびにも出さない。
   彼は努力を表面に出さない勉強家なのである。
   さらに、親切であるので、一人でこっそり銀座に行ってそれを確かめたりはしない。
   「なんだ、は食った事ないのかぁ?」などと言いつつも、
   ちゃんと自分も誘ってくれる。実に親切なのである。

   3 跡部景吾は律儀である。

   件の喫茶店についた時、ちょうど休日らしく、それなりに混んではいた。
   窓際の席に向かい合わせに座ると、デートのようだが、実は違う。
   探究心溢れる冒険家とそれに付き添う記録者の関係かもしれない。
   自分にそれを注文させて、彼は珈琲でも飲んでいればいいものを、律儀な彼は、
   同時に同じものを注文していた。
   ちゃんと言っておけばよかったのかもしれない。
   今まで食べてみたくても食べた事がなかったのは。
   単に機会がなかったわけではなく、挑戦するのに勇気がいるからだということに。

   なので。

   ひらひらとスカートを翻して去っていくウエイトレスを見送ったあと、
   もう一度、テーブルの上に置かれたソレを見直す。
   テーブルから溢れんばかりに置かれた二つの苺パフェ。
   かき氷の入れ物よりもさらに一回りくらい大きい硝子の器に、クリームと苺が
   所狭しと並べられている。
   その下には大量のアイスクリームがあることすらわからないほどに。
   その巨大さは見る者を圧倒させるだけの分量であった。

   彼はひどく悩んでいた。
   どうやってコレを攻略していくのか見当もつかなかったらしい。
   ちらりと周りに目を走らせると、ちょうど同じモノを頼んでいるカップルが目に入った。
   まずい。
   彼もその姿を見ている。
   悩める彼を面白がっている場合ではない。
   案の定、彼はパフェ用のスプーンを取り上げ、パフェを掬うと、自分に向かって
   スプーンを差し出した。

   「ほれ、、口開けろ。」

   4 跡部景吾は素直である。

   素直であるため、恥ずかしいことも平気でやってしまうのである、跡部景吾という男は。
   自分の知らない事は、周りを見て覚えようとする努力は認める。
   だけど。
   何もカップルの真似をしなくてもいいようなものなのだけれど。
   さすがにこれは恥ずかしい。

   でも。
   スプーンを持ち上げる彼がなんだか心もとなくて、不安そうに見ているので。
   仕方ないので口を開ける。
   ああ、こんなところ、誰かに見られたら、街中の噂だろうに。
   『があの跡部景吾とデート!?』
   なんて言われてしまったりして。

   「知ってるか?。このスプーンがこんなに長いのは、
   お互いに食べさせるためなんだぜ?」
   ひどく楽しそうに大嘘をついている彼を見るのは楽しい。
   「だからな。」
   だから?
   「俺がいない時に、勝手に他のやつと、コレを食べにくるんじゃねーぞ。」
   はい?
   「食べたくなったら、俺が食わせてやるって言ってんだ!」
   もちろん、ただ奢ってくれるだけ、という意味ではないのだろう。
   苺のように頬が赤くなっている。
   ぶっきらぼうでも、さっき口にしたパフェよりも甘い言葉に聞こえる。
   はっきりと言われなかったから、気がつかなかったけれど。
   彼なりに、これはデートのつもりだったのかもしれない。

   結論。 跡部圭吾はかわいいひとである。

   



  ドリーム小説跡部景吾編。銀座コージー○ーナーのソレにはパフェ用スプーンは
   ついてません。あくまで創作上のものです。念のため。


〓BACK〓