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 氷の欠片


   ちらちらと雪の降る、寒い冬の放課後。
   冬といっても、もうそろそろ、日の暮れる時間が遅くなってきている、
   そんな気がする、この頃。
   まだ明かりの灯らない公園の街灯の下、ちらり、と腕にはめた時計に目をやる。
   授業時間はとうに終わり、公園の側を通る人影もまばら。
   たまに一緒に帰ろうと、公園で待ち合わせをして。
   さすがに、校舎だの校門だの人目のつくところで一人立ち尽くしているのは
   あまりにも目立ちすぎるから。
   彼と付き合いだして、かなりの時間が経っているが、あえて、周囲に触れ回るような
   付き合い方はしていない。
   彼の性格上、あまり目立ったことは好きではないようだ。
   付き合う前と後でも、あまり自分に対する扱いも変わっていない。
   それが、少し、不安になるのだけれど。

   「お待たせ、。」
   軽く片手を上げて、彼がこちらに走ってくる。
   遅い、と言おうと思ったが、走ってきた彼を思うと、開きかけた口も
   それ以上大きく開ける事はできない。
   目立ったことが嫌いだ、という本人の性格の割に、彼自身は大変に目立つ。
   年の割にすらりとした長身に、落ち着いた風貌。
   眼鏡の奥の怜悧な瞳は、いつも鋭く何かを見据えている。
   歩いていて、年上の女性に声をかけられることも少なくない。
   本人はあまり気にしていないようだが、自分は、気になる。

   「ああ、やっぱ寒いわ。」
   はあ、っと白い息を手にかける。
   今度、手袋でもプレゼントしようか。白い指先が赤く染まっている。
   走ってきたなら、暖かくなってるはずだけど。と、笑いながら言うと、
   「そんなこと言うたかて、寒いモンは寒い。ウチ行こ、ウチ。」と、返される。
   彼は見かけのとおり、インドア派だ。
   外を歩くよりは、映画館や図書館のようなところに行く事が多い。
   今は、寒いから、とは言っているけれど、人の多いところを歩くのが
   嫌いなようだ。
   「ほな、行こか。
   差し出された手に、少し戸惑いながら、手を乗せる。
   冷えた手が自分の体温で温まっていくのを感じて、手袋のプレゼントはいらないか、と
   考えてしまう自分に、照れる。

   瀟洒な建物の重い扉をゆっくりと開き、自分を歓待するようにお辞儀をして
   彼が家に入るよう促した。
   先に家に入った途端、彼の体重が背中にのしかかる。
   「どうし…。」
   心臓の高鳴りを抑えながら、振り向いて、とたんに噴出してしまった。
   眼鏡、真っ白になってる。
   「スマン、つまずいてもーた。」
   探るような手つきで壁に手を置いて、靴を脱ぐ。
   「手え引いてくれへん?部屋まで。」
   笑いながら、手を差し伸べてくるのを、ぱちんと払う。
   馬鹿。
   さっきまで手をつないでいたけれど、さすがに思い出すと恥ずかしい。
   「うわ、冷た。」
   眼鏡を外しながら、彼はそう言うと、先に自分の部屋に行くように指示して、
   台所の方へ消えた。

   先に彼の部屋に行き、空いている場所に腰をかけて、彼を待つ。
   眼鏡、邪魔になるならかけなくてもいいのに。
   彼は元々、目が悪いわけではない。
   そういえば、前に言っていた。
   「眼鏡って、歪んだ世界を強制するためのモンやろ?」
   歪んだ世界。
   それは、彼の住む世界を言っているのか。
   過去に何があったのかは聞いてはいないけれど。
   時折、彼の心に刺さる冷たい氷の欠片が感じられる。
   それは酷く薄く透明な硝子にも似て、普段は見えないけれども、
   事あるごとに、彼の心を苛んでいるようで。
   眼鏡という仮面で、本心を遮っているのか。

   「なんや?怖い顔して。」
   扉の開く音がして、彼が部屋の中に入ってくる。
   そんな怖い顔をしていたかと、頬に手をやる。
   「嘘、嘘。洒落や。可愛いては。」
   湯気の立つカップを目の前に置きながら、あわてて訂正する。
   酷い事を言われた仕返しに、また湯気に曇る顔でも笑ってやろうかと、
   彼を見ると、いつもと違う。
   あれ?眼鏡、かけてない。

   不思議そうな顔で見ている自分に気がついたのか、照れくさそうに彼は笑った。
   「といるのに、なんで眼鏡かけなあかんの?」
   歪んで、見えない世界。
   その中で、歪んでないただ一人の。
   そう言われているようで、たった、その一言に、涙が出そうになる。

   「ま、どうせ、キスするのに邪魔やろ。」
   自分の本心をもらしてしまったのが照れくさかったのか、また彼は言葉で
   本心を押し隠す。
   唇に触れる温もりに、一筋涙が流れた。
   いつか、彼の心の氷の欠片を溶かすことが出来たら。
   それまで、春の訪れを待ちつづける。




  ドリーム小説忍足侑士編。忍足は眼鏡の方が好きですが。
  2004.1.30

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