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 薔薇色の人生


   『。放課後、部室へ来て下さい。観月。』

   移動教室から戻ると、そっけない文章の書かれた紙が一枚、机の上に置かれている。
   几帳面そうに整えられた、丁寧な文字。
   普段の口調からも想像できるような。
   余分な事は一切書かず、要件だけを伝える、一見冷たいように見える文章。
   そっけなく見えて、本当は誰よりも情熱的なことは知っているのだけれど。
   一体、何の用事だろう。
   自分は頭を捻る。ここのところ、彼の機嫌を損ねるような事はしていない。
   部活に遅刻する事もないし、彼の作ったメニューもこなしている。
   怒られるような事は何も・・・。
   と、考えて、自分の考えの過ちに気がついた。
   なんで、自分、怒られるような事ばかり考えているんだろう・・・。
   自分の考えが悲しくなって、鞄を掴んで部室に向かおうとする。
   丁寧な文章の手紙を鞄にしまいこんで。
   一刻でも早く、部室に向かわなければ、ならない。

   しかし、席を立った時に、気がついた。
   どんな用事にしろ、すぐには終らないだろう。何か伝えるだけであれば、
   手紙で用は足せる筈。
   困った。今日は、どうしても家に帰らないといけないのに。
   ここ、ルドルフ学園は全寮制で、滅多に自宅に帰ることはない。
   けれど、この日だけは帰ってくるよう、前々から言われていたのだ。
   自分も事前に申請を上げて、家に泊まるようにしてあった。
   自宅は学園から離れたところにあり、帰るためにはかなり時間がかかる。
   今日は、部活もない日だったし、すぐにでも家に帰る予定だった。
   でも。

   『あの』彼が『部室に来い』と言っているのだ。
   『来い』とは書かれてはいないけれども実質的にはそう言うこと。
   「あら?今日は早く帰るんじゃなかったの?」
   教室を出ようとする担任の先生に、不思議そうに声をかけられる。
   先生にはあらかじめ早く帰るということは言ってあったから、
   ぼーっと立っているのがおかしく見えたのだろう。
   「あ、はい。」
   取り繕うように返事を返す。
   「そんなに思いつめた顔してどうしたの。」
   先生は、心配そうに問い掛ける。
   そんなにも思いつめた顔をしていたのだろうか・・・。
   でも。

   『あの』彼が『わざわざ』『他人の』教室まで来て、置いていった手紙だ。
   よほどの用事があるのに、違いない。
   家族もちょっと遅れるくらいは許してくれるだろう。
   だって、自分にとっては、何よりも大事な事だから。
   決意を固めると、鞄を掴んで教室を飛び出した。

   「遅かったですね、。」
   遅いといっても、明確に時間を約束していたわけではない。
   彼にとっては『自分より遅かった』と言っているのだ。
   ・・・付き合いも長くなると自然にわかるようになること。
   何の用かとどきどきしていたけれど、彼は怒っているようではなさそうだ。
   そう思ってから、また自分の考えに悲しくなる。
   なんですぐ『怒ってる』とか思ってしまうんだろう・・・。
   「まあ、いいでしょう。今日、ここの部室片付けたいんですけれども。
    手伝ってください。」
   『手伝ってください』は『手伝いなさい』の意味。
   第一、それは、急ぎの用とは思えないのだけれども。
   「何、ぼさっとしてるんです?それとも『何か』用事があるんですか?」
   『実は用事が』なんて死んでも言えない雰囲気。
   だって、彼の台詞の真意は、『自分の用事よりも大切な用事が』ということだし。
   いつからだろう。彼の心の中まで読めるようになったのは。
   溜息をひとつついて、部室を片付け始める。

   さすがに10月である。日が沈むのが早い。
   暮れ行く夕焼けを見つめながら、遠くの家路を思いやる。
   これならば、家につくのは夜になってからだろう。
   今日は自分の誕生日。
   たまに家族全員揃って食事でも、という話をしていたところだ。
   誕生日に、こんな部室の片隅を掃除するっていうのは悲しすぎる。
   掃除を頼んだ当の本人は、机の上で、なにやら書き物をしている。
   部屋の片づけを自分に任せて。
   だけど、うちの学校、基本的に掃除は清掃会社に頼んでるから
   綺麗なんだよね・・・。
   散らばった、備品を片付けながら、清掃の行き届いた床を見つめる。
   なんで『今日』わざわざ部室を片付けないといけないんだろう・・・。
   まあ、今日が自分の誕生日だってことは、彼は知らないから仕方がないかも
   しれないのだけれど。

   ふと、手を止めて、夕焼けに染まった彼の横顔を見つめる。
   ・・・綺麗だな。
   薔薇色の頬っていうけれど、そんなカンジ。
   彼には薔薇が良く似合う。刺のある、誰にも手折られない。
   傷つけられても、触れてみたい、と思うのは、いけないこと?
   「?」
   うわ、びっくりした。急に名前を呼ぶから。
   見つめていたの、バレたかな?
   照れ隠しに、彼の横に置いてある書類に目を移す。
   ああ、うちの部員のデータかあ。彼は部員の個人データをことこまかく
   調べ上げている。
   と、妙な事に気がついた。
   たしか、以前、他の部員のデータを、「基本ですよ。」と言って、ソラで
   言ってみせてくれたことがある。
   たしか、それは、誕生日なんてのも、含まれていて。
   『今日』が自分の誕生日である事だって、もちろん知っているはず。
   これは、どういうことだろう。

   考えられる要件そのいち。
   今日が自分の誕生日だと忘れていた。
   そのに。
   知っていてあえて誕生日に掃除をさせた。
   常識的に考えると、そのいち。でも、常識で、考えては、いけない。

   「終ったんですか、?」
   書類をトントン、と揃えながら、彼は自分の顔を伺う。
   どうやら、彼の方の仕事も片付いたようだ。
   どうしよう、聞いてみるべきだろうか。
   なんで、わざわざ、誕生日に呼び出して、引きとめたのか。
   でも、そんなこと、どうして『この人』に聞くことができるんだろうか。
   ・・・もう、いいや。
   誕生日に、思いがけずに、二人きりでいられる時間をプレゼントされた。
   そう、思った方が、自分には幸せだ。
   彼の気持ちを推し量るよりもずっと楽。

   「終ったんなら、これ。」
   がさがさと、鞄を開けて、小さな包みを手のひらに乗せてくれる。
   なんだろう、と不思議そうな顔をすると、彼は、こう言った。
   「手伝ってくれた、お礼です。」
   手伝ったというよりは・・・いや、いいや。
   彼は、立ち上がり、片手に鞄を持つ。
   「じゃあ、気をつけて帰ってください。今日は家に帰るんでしょう?」
   ぐいぐいと、外に出るように促される。
   まるで、追い立てるかのように。
   やっぱり、今日が誕生日だってこと、知ってるんじゃないのかな。
   手にした包みが熱を持つ。
   そういえば、お礼を言ってなかった。
   「これ、ありが・・・。」
   「お礼を言うのは手伝ってもらった僕の方です。貴方は言わなくて結構。」
   お礼の言葉を遮り、ぴしゃりと言い放つ。
   あくまで、渡してくれた包みは、『手伝いのお礼』
   『誕生日のプレゼント』なんかではないと言いたいのかな。

   でも、知っている。
   これが彼のやり方。素直じゃない彼の、精一杯の、祝福。
   彼を見送った後、帰路のバスの中で、包みを開ける。
   小さな薔薇の形の石鹸。
   ほんのりと、彼と同じ香りがした。
   この人生、まんざらでもないな、と思いながら、沈む夕陽を窓から眺める。
   自分の頬も、薔薇色に染まっているのだろう。
   そう、彼といれば、それだけで人生は薔薇色。






  観月はじめ編。絶対、素直じゃない。けど、そんなところが可愛い。


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