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 桜迷路


   桜の花が、咲いている。

   通学路の両側に、校門までの道を間違わないようにとでも言うように。
   新学期、新しい学生生活を始める学生達を導くような、桜の道。
   だけれども、薄桃色の道は、どこまでも続いていて、その向こうにあるはずの学校は
   霞んで見えない。
   辺りを見ると、数人の生徒達が、桜を見上げるように登校しているのが目に付く。
   新入生は、一目見てわかるものだ。
   新しい制服、鞄。何か起こるかと期待に満ちた瞳。
   この時期に咲く花は、新しい生活に入る人たちを祝福しているかのように咲き誇る。
   そうでない人たちも、この桜を見て、何も思わない人はいないだろう。

   僕―不二周助―はあまり桜が好きではない。
   好きではない、というよりも、嫌いなのかもしれない。
   幼い頃、学校に行く時に、桜の道を通るのが嫌で、
   「桜の樹の下には死体が埋まっている」などと弟に言って、
   わざわざ遠回りして、二人で違う道を通ったものだ。

   桜は、人の心を掻き乱す。
   その吸い込まれるような桜霞に、心を奪われてしまうから。
   誰しもの心を惹きつけて話さない、桜。
   一瞬、僕の脳裏に、ある人物の顔が浮かぶ。
   誰しもの心を惹きつける、その人は。

   一陣、強い風が吹いて、桜の花びらを巻き散らす。
   僕の考えを吹き飛ばすかのように。
   乱れた髪を、撫で付けて。
   顔を上げると、前を歩く人物が、目に飛び込んできた。
   先ほど、脳裏に浮かんだ人物が。

   桜の花にかすんで見える景色の中で、だけが、はっきりと色を成している。
   いたずらな風は、僕の髪を乱しただけでは飽き足らず、
   目の前の人物にもいたずらを仕掛けたようで。
   登校前に整えられたはずの髪の毛に、薄桃色の飾り。
   僕は、そっと近づき、それが桜の花びらであることを確かめる。

   「おはよう、。」
   僕が声をかけたことは、突風が吹くことよりも驚くべきこと
   だったのだろうか。
   びっくりしたような瞳で、こちらを見つめている。
   「あ…おは…」
   挨拶を返してくれるのを遮るように、の髪に触れる。
   ひとひらの桜の花びらを掴むため。
   「こんなのつけて歩いてたら、笑われてしまうよ。」
   くすり、と自分が笑うのは、君の心を迷わせるため。
   さっと、の頬が桜色に染まる。

   迷わせた後は、フォローも肝心。
   「だけど、嫌になるよね。払っても払っても落ちてくるんだもの、花びら。」
   そう話しかけながら、隣に並ぶ。
   「桜が嫌い?」
   どうして、わかってしまうんだろう。
   君の瞳はまっすぐで。
   僕の戯言に惑わされたりはしないんだ。
   「は好きなの?」
   問いに対して問いで答えるというのは、自分の心を見せない手段。
   それに、僕のことよりも、知りたいのは君のこと。

   「綺麗なものが嫌いな人は、いない、と、思う。」
   確かめるように一言、一言区切っているのは、僕に気を使っているのか。
   君は桜の花がどうして嫌いなのか、そう言いたげに僕の顔を見る。
   やっぱり、まっすぐな君の瞳。
   「桜の花の作り出す道は霞んでいて、どこか迷ってしまいそうで。
    それが、不安、かな。」
   どうしてだろう。君の前だと、思っていることが素直に口に出てしまう。
   たとえそれを隠そうとしても、見つけられてしまうようで。

   「大丈夫、迷わない。」
   そう言って、差し出されたのは、君の右手。
   ためらいがちに、指先だけ、触れる。

   突然の風よりも、僕の心を掻き乱す、君。
   桜の迷路よりも、僕の心を迷わせる、君。

   また、さあっと風が吹いて、行くべき道を照らし出す。
   淡い桜色の世界に、君と、僕。
   一緒に歩き出した二人を祝福するように、また、桜が舞い落ちる。




  ドリーム小説不二周助編。春とくれば、桜。
  2004.4.14

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