〓BACK〓


 夏の高気圧


   「あーーーーあっつい!」
   そう叫ぶと、はばったりと、部屋の床に倒れた。
   夏休みの宿題を早く終わらせた方がいいだろうと、の家に来て一緒に勉強を
   していたのだけれど、こう暑いと集中力が働かない。
   長い間冷房にあたるのもよくないだろうと、扇風機だけが、その部屋の温度を
   首を振るたびに少しだけ下げている。
   ただ、刹那的な涼しさではあるけれど。

   「こういう日って、もう何もしたくない。氷だけ食べて、頭から水浴びしたい。」
   ぱたぱたとTシャツを捲り上げて、刺激的なスタイルを見せびらかして。
   夏は危険な季節だ、と思いながら、視線を逸らして。
   「おなか壊すよ、。」と言うのが精一杯。
   「うー。」
   は一言唸ると、起き上がって、のそのそと扇風機の前に
   陣取った。猫の動きみたいだな、と思いながら、次に何をするか目が離せない。
   扇風機のスイッチを「強」にして、顔を近づけて。
   「わ゛ーーー。」
   子供みたいに声を上げる。
   風が吹くたびに、の前髪を揺らし、猫のような瞳があらわになった。

   「お勉強ははかどってる?一休みしたら?」
   ノックの音と同時に、の母が部屋の扉を開けて、上品そうに微笑んだ。
   「お邪魔してます。」
   軽く会釈して、差し出された盆を受け取る。
   「ほら、アキラもお客様にさせてないで、手伝いなさい。」
   嗜めるように言われて、ぴょん、と立ち上がると、扉に駆け寄る。
   「おお!麦茶と冷麦!!」
   こつん、との母は、息子の頭を小突いて、自分の方に向かっては微笑みながら、
   「ごゆっくり。」と、言った。

   扉の影に消えるの母の姿を緊張した面持ちで見送る。
   遊びに来る間柄とはいえ、やはりまだ家人に会うのは緊張する。
   「うちの母ちゃん、が来ると態度が違うんだよなー。」
   も家人に会わせるのが恥ずかしいのか、照れたように付け足す。
   「やっぱり、夏は麦茶と冷麦だよな!なんで両方麦なんだろう。」
   器と箸を配りながら、は呟く。
   「ビールも麦だし。」
   「本当だ!頭いい!!夏は麦だ!」
   楽しそうに笑うので、つられて笑ってしまう。

   「子供の頃ってさ、色の付いた冷麦選んで食べなかった?」
   大きな器に盛られた冷麦には、何本か赤や緑のものが混ざっている。
   「子供の頃だけでなく、今もしてるんじゃない?」と言ったら
   むきになって、否定された。
   「そんなこと言ってると全部食べちゃう。」
   笑いながら二人で、競うように器に箸を入れたら、麺が繋がって出てきた。
   ああ、なんだっけ。
   子供の頃に見たことある、映画。
   犬のアニメーションで。
   あれはスパゲティだったけれども、たしか両側から食べていって…。
   その結末を思い出して、動揺する。
   も何故か冷麦を見つめて固まってしまった。
   まさか、同じこと考えているわけではないと思うけれど。

   そのまま固まっているのもおかしいので、冷麦をひっぱろうとすると、
   は自分の掴んでいる分を、人の器に放り込んだ。
   「な、何…。」
   理解に苦しむ行動に、疑問符を投げかける。
   「い、いや、あの…、赤いのが1本入ってたから…。」
   そんなこと気にしてたのか。
   同じ映画のこと考えてたのかと動揺した自分が馬鹿みたいだ。
   さっき「子供の頃だけ?」って言ったのが、よほどこたえたのかもしれない。
   「気にしなくてもいいのに。」
   笑いながら言うと、は、「気にするよ!」と反発した。
   「あーぜってー誤解してる。さっきのと関係ないんだよ。
   もう俺が勝手にそう思っただけなんだから。」
   からかいすぎたか、との横顔に謝ると、彼は真っ赤になりながら、こう言った。

   「赤い糸が切れるのが嫌だったんだよ。」

   今度は自分が真っ赤になる番。
   瞬間の高気圧の訪れに、体中が暑くなる。
   この熱は、冷房を強にしてもそう易々とは冷めなさそう。



  ドリーム小説神尾アキラ編。ちなみに犬の映画は危険なのでタイトルは伏せさせていただきます。
  2004.7.26

〓BACK〓