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 この胸のときめきを


   2月も半ばになると、部活が終わって帰宅する時間でもまだ外は少し明るく
   なっている。
   夏ほどの夕日の日差しは感じられないけれど、隣を歩くの顔が
   はっきりと見えるほどには。
   たまたま同じ方向に帰るのが二人だけだったというだけなのに。
   二人だけで並んで歩くと落ち着かない。
   何か話題を、と思っても、いざとなると話が思い浮かばない。
   ただ黙って歩いていると、街中の喧騒が聞こえてきた。

   「ああ、今日ってバレンタインなんだっけ。」
   沈黙に耐えかねてか、が口火を切った。
   好きな人が隣を歩いていて、この話題を出されるのは、物凄く辛い。
   周りに煽られるような告白はしたくはないけれど、やっぱりバレンタインに
   告白されたいものなのだろうか。
   こんなところで二人で歩いているということは、特に予定がないということ
   なのだろうか。
   付き合っている人がいるとは聞いたことがないけれど。

   そんな考えばかりが頭の中をぐるぐる回って。
   「?」
   が不思議そうに顔を覗いて来る。
   あまり、こちらを見ないで欲しい。隣にまで伝わってしまいそうなほどに
   胸が高鳴ってしまうから。
   こちらの考えを見透かされないよう、話に相槌を。
   「バレンタインは最近落ち着いた感じがするから、すっかり忘れてた。」
   「そうだね。チョコレートで告白って、日本だけのものだし。」
   よく知っている、と感心していると。
   「最近は、『友チョコ』とか、『ファミチョコ』なんてもの流行ってるみたいだよ。」
   なんて知識も披露されたり。
   「『ファミチョコ』?」
   聞きなれない言葉に、思わず聞き返す。
   「うん。家族に渡すチョコ。お父さんに、と言うよりも皆で食べるような意味合いが
    強いみたい。」
   義理チョコというよりも、また意味合いが違ってくるのだろうか。
   アメリカのバレンタインだと、友達や世話になっている人同士でプレゼントの
   交換をするから、日本でもそれに近くなってきてるのかも知れない、と付け足して。

   「自分へのご褒美チョコ、なんてのもあるんだって。あ…ちょっと、いいかな。」
   そういうと、はチョコレートを売っている菓子屋の前で足を止め、寄るように指差した。
   「ここのチョコ、弟が好きでさ。美味しいんだって。ちょっと買っていっていいかな?」
   ふと、意外と甘党らしいの弟の顔が思い浮かぶ。
   別にここで別れてもよかったのだけれど、一緒にいる時間が少しでも長く欲しくて、
   連れられるようにして、店に入ってしまった。

   店の中は、深いチョコレート色に統一されていて、薄暗く、落ち着いた雰囲気だった。
   男子学生が入っていっても、違和感はなく。
   それはの人となりのせいかもしれないけれど。
   当日に買う女子学生は少ないらしく、買い物帰りの主婦やOLがショーケースを前に
   品定めをしている。
   見ると、つやつやと美味しそうなチョコレートが規則正しく並べられている。
   先ほどのの話を思い出し、家族で食べるのもよいか、といくつかの種類が入った
   小箱を一つ買っていくことにした。

   「待たせちゃって、ごめんね、。」
   自分で見繕って買っていたが、時間がかかったことを詫びながら
   レジを済ませて戻ってきた。
   二人で店を出て歩き出すと、が歩みを止めた。
   先ほど買った包みから一つ小箱を取り出すと、自分に差し出した。
   「これは、へ。」
   一瞬驚いたけれども、先ほどの『友チョコ』の話を思い出す。
   なんだ、さっきの話から、渡さなくてはいけない気になっただけなのかも。
   貰うだけ貰うっていうのは、なんだか悪い気がして、自分も先ほど買った
   チョコレートをお返しに渡した。
   「くれるの?僕に?」
   『友チョコ』を貰ったから、お返しに、というと、照れくさそうに笑った。
   「あれは、君への『ご褒美チョコ』だよ。」
   「?」
   「いつも君の笑顔に助けられてる、そのお礼、かな。」
   さらっと凄いことを言われてしまうと、どうしていいのかわからなくなる。

   「どうしたの?」
   いつもどおりの顔で、また覗き込んでくる。
   「は…また…そういうこと平気で…。」
   動揺して顔が赤くなっていないか、思わず頬に手を当てる。
   「平気じゃないよ。僕だって、動揺することはあるさ。」
   「例えば?」
   想像が出来ずに、思わず大きな声で聞いてしまう。
   は苦笑しながら、こう答えた。
   「バレンタインに好きな子から直接チョコレートなんて渡された時には、
    動揺して胸がどきどきする。…ほら。」
   そういうと、自分の手を取り、の胸に押し当てた。

   「チョコレート、来年は『お返し』じゃなく、ちゃんと欲しいな。」
   そう耳元に囁くの声に、自分の胸も高鳴る。
   伝わる、心音。
   伝わる、体温。
   持っていたチョコレートも溶けてしまうのではないかと思うほどに。





  ドリーム小説不二周助編。
  タイトルの原題は「You don't have to say you love me」。意味深ですね。

  2005. 2.13

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