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 導火線


    伊武深司なる一風変わった人物と知り合いであるということは、
    それだけで隣に爆弾が置いてあるようなものだと思う。
    いつ何時、何が起こるか分からない。
    寡黙かと思えば雄弁で。
    穏やかに見えて、意外と短気。
    普通に話していても、何が起爆剤になるのかわからない。
    そんな、スリリングな毎日。

    ある日、学校からの帰り際、二人きりになったので、日頃から気になることを
    聞いてみた。
    どこまでが彼の点火ラインなのか知りたいのもあったけれど、
    純粋の疑問でもあった事を。
    「……なんで、俺がいつもぼやいてるかって…?」
    長く延びた前髪を鬱陶しそうにかきあげながら、聞きたい?と目で語っている。
    知り合って間もなく、のつぶやきに辟易する事はあったけれど、
    話をするのが嫌いなわけではない、と思い、話し掛けていくたびに
    親しくなっていった。
    だけども、未だにが自分の事を詳しく話したことはない。
    何故かいつも、愚痴か羨望のような言葉だったから。

    「……話せば長くなるんだけど…。になら話してもいいか…。」
    ぼそりと、また自分の心を揺らすようなことをつぶやきながら、
    は歩きながら話し始める。
    「俺ってさ、妹がいるわけ。……もちろん俺の妹だから可愛いにきまってるでしょ?
     だけどさ。二人だよ、二人。…可愛いのが二人。しかも、父親単身赴任で家にほとんど
     いないの。家に残ってるの俺と母親と妹二人。
     ……、ことわざ知ってる?女三人寄れば…」

    「文殊の知恵。」
    とりあえず、ボケてみる。
    は、一瞬黙ったけれど、気を悪くしている風でもない。
    口の端をわずかばかり上に上げた。
    気のせいか、今日は随分機嫌がいい。
    大丈夫。ここまでは許容範囲。
    の点火ラインに一線を引いて、そのまま話の続きを促した。

    「……まあ、女三人寄れば姦しいって言われるの、わかるんだよ。わかりすぎるくらいに。
     家で俺が何かを主張してたって、要求してたって……全然声が届かないの。
     だからさ、大きな声を出す代わりに、小さい声を出すことにした。
     女ってさ、小さい声だと悪口言われてるかと思って、すっごい神経を尖らせるんだよね。
     ……俺、そんなに悪口なんて言うような人間じゃないのに。
     それともそう見えるのかなあ……嫌だなあ………。
     それからさ、聞いて欲しい事があれば、小さい声で話すになって。
     家でそれを続けていったら、それが日常茶飯事になっちゃった。
     ……よく考えたら、俺が悪いんじゃないじゃん。なんで………」


     いつもの饒舌なぼやきながらも、自分の事を話してくれるのはなんだか嬉しい。
     「、妹、いるんだ。」
     嬉しくて思わず口にしたけれども、の眉が寄せられる。
     境界線を踏んでしまったのだろうか。
     踏んだとしてもわかりづらい表情の変化に、とまどう。
     「……今の話で突っ込むところは、そこなの?俺の話最初の方しか聞いてなかったでしょ。」
     「あ…その…の妹ならきっと可愛い…と…。」
     不機嫌そうな声に、関係のないフォローを入れてしまう。
     「……聞いてないなら聞いてないでもいいけどね…。だけにしか言ってないんだから。
      他の人に言ったらわかるんだから。」

     なんだか照れくさいけれども、それは、二人だけの秘密ってこと?
     そう言ったら、一瞬、驚いたように目を見開いた後、顔を隠すように、
     右手で髪をかきあげた。

     「………どうしたら、そんなに前向きに考えられるんだろうな…。
      でものそういうところ………」
     「何?何か言った?」
     だんだんと小さくなる語尾を捕らえて、聞き返す。
     「なんでもない。聞こえなかったんだったら、大したことじゃないんだよ。」
     それは、嘘。
     さっき言っていた言葉を思い出す。
     『聞いて欲しいことがあれば、小さい声で話す』と。

     問いただそうと歩みを止めての方に向き直ると、も一緒に歩くのを止めた。
     「……じゃ、俺こっち。」
     曲がり角を指差し、つま先を十字路の横に向ける。
     声をかける隙がないので、片手で別れの挨拶をすると、自分も自分の家に向かって
     歩き出す。
     と、背後から、声が聞こえてきた。
     雑踏に紛れたら聞こえないほどの、小さな声が。

     「いつだって、導火線に火をつけてるのは、だよ。」

     思わず、振り返る。
     曲がり角で、がこちらを向いて笑っている。見たことのない、笑顔で。
     「なんだ、ちゃんと聞こえてるじゃない。悪口なんて、言ってないのに。」
     今度ははっきりと、明瞭な声で。

     本当は、どんな声だって聞こえてる。
     聞き逃したりしない。
     では、さっき、確かに、彼は、言ったのだ。
     間違いかと思って、聞き返した言葉。
     多分、その言葉は自分にとっての起爆剤。

     胸の爆弾が、爆発予告を告げている。
     止められるのは、仕掛けた本人だけ。
     ゆっくりと別れ道の曲がり角へと足を向ける。
     仕掛けた犯人を確保するために。




  ドリーム小説伊武深司編
  2005. 7.16

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