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 二者択一


   「、一緒にサーブの練習をするのと、この汁を飲んでみるの、どっちがいい?」

   にこにこと、あくまで口元だけはにこにこと、近づいてくる人が、一人。
   際物揃いのテニス部で、一の変人と誉れの高い、その人物は。
   手に表現しがたい色合いの液体らしきものが入ったコップを持って、訊ねてくる。
   「どっち?」
   そういうとき、自分の答えは、いつも一緒。
   「練習。」
   特に残念とも、取れないような表情で、彼は頷く。
   その顔が満足そうに見えるのは気のせいだろうか。

   いつの頃からか、彼は自分にそういった声をかけてくるようになった。
   彼の趣味は、データを取る事。
   もちろん、それはテニスに生かすためだと言われているが、自分には、
   『データを取る事』自体に意味をなしているようにしか見えない。
   そんな彼が、自分に声をかけてくる。
   それは、あくまで、データを取るために。
   自分自身に興味があるわけでなく、ありとあらゆる人のデータを取るため
   でしかない、ということに、自分は気がついている。

   「、フォアハンドボレーの練習をするのと、この特製汁を試してみるの、
   どっちがいい?」

   低く、諭すような低音。
   言っている事の内容とは裏腹に、人を惹きつけるような低音ボイス。
   「・・・練習。」
   その声に、心臓が高鳴ったとは知られないよう、横を向きながら答える。
   「そう。」
   満足そうな響きが含まれていると思ったのは、気のせいだろうか。
   振り返ると、彼は、ジャージの上着を脱いでいるところだった。
   すらりとした長身に、逞しい背中が露わになる。
   データばかり取っていては、その鍛えられた身体は作れないだろう。
   「?」
   名前を呼ばれて、はっとする。
   いや、別に、見とれていたわけではないのだけれど。
   少しだけ、恥ずかしさに耳が赤くなるのがわかる。
   なんでだろう、こんな変人相手に。

   「、スマッシュの練習をするのと、この新作のスーパー乾汁を試してみるの、
   どっちがいい?」

   こりもせずに、また、声をかけられる。
   どうして、最初から素直に言えないんだろう。
   『一緒に練習しよう。』って。
   そんな二者択一だされたら、『練習』に決まっているのに。
   最初から答えは一つ。
   二者択一じゃない。
   それとも、彼のデータ上にはないんだろうか。
   その汁を飲み干すよりも、一緒にテニスをした方がましだ、ということが。
   だから、変人だって、言われるんだ。

   「もう、データなんか取れてるんじゃ・・・。」
   いいかげん、素直に誘わない彼に業を煮やして、聞いてみる。
   データ、取り終わったら、もう、一緒に練習、なんて言ってこないのかもしれないけれど。
   本当は、彼に言わせたいのかもしれない。
   データが必要だからじゃないんだよ、と。
   まさか、こんな、変人が言うわけないけれど。

   ところが、彼は、こんなことを言い出した。
   「ああ、そうだね。」
   やっぱり、練習は終了?
   もう、自分のデータなんて必要ない?
   四角いフレームを指で押し上げて、ゆっくりと彼は、こう言った。
   「君との練習で、わかったことが一つある。」
   ゆっくりと、焦らすように、フレーム越しに自分の目を見つめて。

   「データ上で、君が、『俺と一緒に練習をしたがる確率』は100%。」

   ニヤリ、と笑う。
   変な、人だ。
   ああ、でも、そんな彼の微笑みに負けそうになる自分が悲しい。
   何をやっても、何を言っても彼にはお見通し。
   本当は、声をかけられて嬉しかった事も。
   一緒に練習できた事が嬉しかった事も。
   全部、見透かされている気がする。
   でも、そんなの、不公平。
   いつか、見返してやりたいけれど、どうすればいいのか、わからない。
   彼の心に関しては、自分は全然データ不足。
   勝ち目のない戦いばかりしている気がする。

   「、ストロークの練習をするのと、明日デートするのと、どっちがいい?」

   しゃあしゃあと、そんなことを言ってくる。
   さあ、どう答える?
   彼と『練習をする確率100%』を崩すには。
   彼のデータを崩すには。
   彼の鼻を明かすには。

   答えはもう、決まっている。
   これまでの、答えのように。最初から、二者択一の問いなんかじゃない。





  ドリーム小説乾貞治編。変な乾先輩が大好きです。変人バンザイ。


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