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 不測の事態・基本中の基本


   「うわ、寒いね、。」
   部活動が終わった放課後、玄関を出ると、そう、呟きが聞こえてきた。
   隣に並ぶ彼、不二周助は、マフラーを口元に引き上げ、ゆっくりと一歩前に踏み出す。
   彼とは帰る方向が同じ、ということで、一緒に帰宅することが多くなっていた。
   長いこと一緒にいるけれど、彼はつかみ所がない。
   こうして帰るようになってからも、彼の行動は予測がつかない。
   彼の考えも。
   さっきの言葉には何か意味があるように思えてならない。
   だって、それが、不二周助という男だから。

   「、コンビニ寄って肉まんでも買ってかない?」
   意外だ。意外と普通の事を言っている。
   何を言い出すか、身構えていたのに、ふっと気が抜ける。
   だけど、寄り道は・・・。
   「こんなに寒いんだからさ、手塚も見逃してくれるでしょv」
   部活では、普段から「寄り道厳禁」をうたっているけれど。
   こんな寒い日に、ほっこりと隣で微笑まれたら。
   ついつい気が緩んでしまう。
   「ほら、、入んないの?」
   ぼんやりと歩いていたら、既に店の前。
   店の前に立っているのも営業妨害になりかねないので、彼の後に続く。

   「えっと、この『激辛ピザまん』ください。」
   曇りがちなショーケースの中の、ひときわ赤い饅頭を指差して。
   『新発売!』と、赤と黄色で括られたポップに、その商品名が書かれている。
   『今までにない辛さ!!通常の10倍のタバスコ!!刺激的な味をあなたに!!』
   見ているだけで、熱くなりそうだ。
   じっと見ていたら、彼がくるりと振り返った。
   「は?何にする?」
   急に振り向かないで欲しい。心臓に悪い。
   「あ・・・アンマンを・・・。」
   「オーソドックスだね。」
   二つ分の饅頭の代金をまとめて支払う彼の後姿を見ながら。
   彼がふと口にした台詞に引っかかる。
   オーソドックス。基本的。
   つまらない人間と思われたろうか。

   「お待たせ。」
   商品を包んでもらう彼を待って、外に出る。
   店の中で商品を開けてはいけないと書いてあったので、二人で近くの公園に寄る。
   さすがに寒いせいか、ベンチには人影はない。
   「はい。アンマン。」
   ほかほかと湯気の立つアンマンを渡される。暖かさが手の中から伝わってくる。
   彼は袋の中から、赤い饅頭を取り出すと、ぱくりと頬張る。
   そういえば、最初、肉まんを買うって言ってなかっただろうか?
   それを彼に問うと、答えは簡単に帰ってきた。
   「だって、『新発売』って書いてあったから。」
   「?」理由がわからない。
   「どうせ短い人生、同じモノをずーっと食べるよりも、色んな事にチャレンジ
    してみたくない?」
   それがたとえ10倍タバスコであっても?
   彼にとっては、たいしたことではないのかもしれないけれど。

   さっき「オーソドックス」と言っていたのは。
   あまり好ましい事ではないのかもしれない。
   『基本的アンマン』を見つめながら、そんなことを考えてしまう。
   とらえどころのない、彼の性格。
   つかまらない、彼の心。
   長いこと一緒にいるけれど。
   『一緒に帰ることに飽きて』しまったら。
   また、ひらひらと蝶のように。目の前から消えてしまいそうな。

   「?どうしたのさ、アンマン見つめて。」
   「え・・・。」
   あわてて、アンマンの残りを口に頬張る。
   おかしな人間だと思われなかったろうか。
   「あ、ひとくち貰おうと思ったのに。」
   名残惜しそうな彼の声に、思わず振り返る。
   「え?」
   「あんまり見つめてるからさー。美味しそうで。」
   「『基本的なアンマン』なんて、嫌いじゃ・・・。」
   「え?そんなこと言ってないけど?」
   驚いた自分の表情が可笑しかったのか、くっくと声を出さずに彼は笑った。

   「嫌いじゃないよ。アンマンも、オーソドックスなものも。」
   「そ・・・う。」
   「だって、『基本』が嫌いだったら、こんなトコに来ないでしょう?」
   「え?」
   「『コンビニでアンマン買って公園』なんて、オーソドックスな『デート』じゃない。」
   今、なんて。
   不測の事態発生。
   今、彼は、なんて言った?自分の耳を疑ってしまう。
   混乱している間に、彼の手が、自分の手をそっと握った。
   「そう、思ってたのは、オレだけ?」
   優しそうに隣で微笑む彼と目が合って。
   ぶんぶんと首を振った後、思わず、俯いてしまう。

   それを見て、安心したような声が彼から洩れる。
   「ああ、だけど、チャレンジするのもいいけど、オーソドックスな方がいいな、って
    思う時があるんだ。」
   「?」
   ふふっ、と悪戯気味に笑いながら。
   「ちょうど、今、なんだけどね。」
   「何で・・・?」
   彼でも後悔する事があるのだろうか?
   そんなに辛かったんだろうかピザまん、なんておかしな事を思ってみたり。
   「だって、今、キスしたら、タバスコの味しかしない。」
   ×××!!!
   不測の事態に、自分の耳までも赤くなってるのがわかる。
   そんな、赤く染まった耳に、また一つ不測の事態。

   「よかったら、今週の日曜は、『プラネタリウム』なんて基本的なデートをしてみない?」
   彼の買ったピザまんよりも赤く。きっと、今の自分は染まっているに違いない。
   この、「不二周助」という人間の色に。





  アンケートで多くリクエストいただいた不二編。オーソドックスな形で。
  ところで、B型の人は本当に『新発売』という文字に弱いです。ええ。


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