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 秘密。


   学校の廊下を曲がったところで、彼を見つけた。
   廊下の窓際に寄りかかるように、友人と話をしている。
   どんなに遠くからでも分かる長身と。
   一言、ひとこと、ゆっくりと刻まれる丁寧な言葉使いと。
   彼を包むオーラに、その存在感が強調される。
   いつからか、彼から目が離せなくなっていた。
   どんなところにいても、目に入ってきてしまう。
   それは多分、頭一つ突き抜けた身長のせいではなく。
   ふと、気がつくと、彼が軽くこちらにむけて、手を上げた。
   こちらに気がついたようだが、眼鏡のせいで、いつ気がついたのかは
   わからない。表情の見えない人間だ。

   「。」
   うっかり見つめてしまっていた事に気がついた自分は、軽く会釈をしてその場を
   去ろうとした。
   近づいてくる彼の片手には、一冊のノート。
   何が書かれているのか、誰も見たことのない。
   「マル秘」と書かれた表紙の部分だけでも、充分その怪しさが伝わってくる。
   「○月△日、が廊下でボーっとしていた。」なんて書かれてはたまったものではない。

   何か用、と言いかけて、気がついた。
   片手を上げた彼の袖口のボタンが取れかけている。
   ニコニコと口元だけは微笑みながら、近づいてくる彼に、「ボタンが取れそう。」
   とだけ、伝えた。
   これで、ボーっとしていたのではなく、このことを伝えようと立ち止まっていたのだと
   勘違いしてくれるといいのだけれど。
   「あ、本当だ。ちょっと、、これ、いいかな。」
   彼は、自分に持っていたノートを手渡すと、袖口を捲くり始めた。
   大きな手。
   だけれども、器用にくるくるとシャツを捲くっていく。
   シャツに包まれている間は目立たない、しっかりとした腕がチラリと見えて、
   心臓が高鳴る。
   長身で細く見える割には、しっかりとした筋肉がついていることを自分は知っている。

   「教えてくれて、ありがと、な。」
   彼はまた片手を上げて、友人の元へと戻っていった。
   廊下から教室へと入っていく彼の後姿を見送りながら、自分も自分の教室へ帰ろうと
   踵を返す。
   と、その時に、気がついた。
   彼のいわゆる「秘密ノート」が自分の手に握られている事に。
   さっき、袖口をまくる時に、邪魔だろうからと持っていたのだけれども。
   返そうと彼の教室を振り返ると、休み時間終了のチャイムがなってしまった。
   『どうしよう・・・。』
   こんな危険なものを持って、次の休み時間まで過ごす事ができるのだろうか。
   「秘密」などと書かれているノート。見たくないわけが無い。
   だけれども、開いた瞬間に、「みーたーなー。」とか背後からやってくるような
   そんなイメージがあるのだ。あの乾貞治という人間は。

   自分の教室に飛び込み、先生がまだ来ていない事に安堵しながら、自分の席につく。
   周りを気にしながら、そっとノートを開く。
   まさか、後ろに彼が居るわけではないけれど。
   開いたとたん、目に飛び込む文字の波。
   彼の、書いた、文字。
   びっちりと、テニスに関する事が書かれている。
   なんだ、意外と普通なんだ、とページを捲くるうちに、人の名前がページの先頭に
   書いてあるページにたどりついた。
   それは、全て、彼に係わりあるであろう人物の名前で、それぞれのページに
   一人一人のデータが書かれている。
   青学テニス部員しかり、彼のクラスメイトしかり。
   これは知られたくないこともあるだろう、とあまり見ないようにしながらも、
   他人の秘密は気になるところ。

   しかしながら、そんなにも重要な秘密が書かれているわけではなかった。
   「名前」「生年月日」「身長」「趣味」「特技」「好きなもの」「好きな人」
   ・・・好きな人?
   さすがにコレは、見てはまずいものだろう。
   現に、今開いているページの人物のその項目には、自分の知っている人物の名前が、
   書かれている。意外ではない。意外ではないからこそ、この項目の正しさが、
   わかるというもの。
   その時、自分は、あることに気がついて、あるページを探した。
   自分の名前が先頭に書いてあるページを。

   それは意外とあっさり見つかった。
   ゆっくりと、その項目を辿る。
   「好きな人」
   その、項目のところは。
   空欄だった。
   特技、なんて、彼の前でなにかして見せたわけではないのに、ちゃんと書いてある。
   本当は、少し期待していたのだけれど。
   自分が彼に好意を持っていることが、伝わっているのではないのかと。
   なんとなく、好意というのは伝わるものだ。
   自分が好きになればなっただけ、相手もそれを返してくれる。
   なんとなく。彼が、自分に対して好意を持っているような気がしていたから。
   少しだけがっかりしながら、次のページを捲る。
   目に入ってきた文字に、自分の目を疑いながら。

   「乾貞治」
    ・生年月日
      S○○年6月3日
    ・身長
      184cm
    ・趣味
      データを取る事
    ・特技
      データを人知れず取る事
    ・好きなもの
      野菜汁
    ・好きな人
      

   どういうことだろう。このページの意味は。この項目は。
   自分のノートに、自分の項目を、作るのだろうか。
   それに。
    ・好きな人
       
   自分の目の錯覚ではないかと、何度も何度も繰り返し見てしまう。
   間違いない。自分の名前がそこにある。
   これは、どういうことだろう。
   よくよくノートを見ると、いつも彼が持っているものと少し違う気がする。
   いつも見ているからわかる。
   これは、多分、「自分に見られてもいいよう」に作られた、もの。

   「わかりにくい。」
   そう不機嫌に呟いても、顔が笑ってしまう。
   これは、告白。彼なりの告白。
   だから。
   告白には答えないといけないでしょう。

   自分は筆記用具入れからシャープペンシルを取り出し、カチカチと芯を出す。
   そして、1ページ前の自分のページを開き、空欄であった項目を埋める。
   「 
     ・好きな人
       乾貞治

   これは、秘密。秘密のノート。
   教室に入ってきた先生の号令とともに、机の中に、そっと隠す。
   次の休み時間を待ちながら。





  ドリーム小説乾貞治編。いや、やっぱり変な人・・・。


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